この記事は、太宰治『人間失格』の重要な展開と結末に触れます。未読の方はご注意ください。
人に嫌われないように笑い、本音を隠し、その場で求められる自分を演じる。『人間失格』の主人公・大庭葉蔵が抱える苦しさには、時代が変わっても身近に感じられる部分があります。
ただ、葉蔵に共感するだけでは、この小説の面白さを取りこぼします。彼の言葉に引き込まれながら、それが周囲の人からも同じように見えていたのかを考えること。最後の「あとがき」まで読むと、タイトルの意味さえ違って見えてきます。
『人間失格』は、どんな小説なのか
『人間失格』は、1948年に雑誌『展望』で発表された太宰治の小説です。新潮文庫版は192ページ。作品は「はしがき」、三つの手記、「あとがき」で構成され、葉蔵の告白を、別の人物の語りが挟む形になっています。
葉蔵は幼い頃から他人を恐れ、周囲を笑わせることで人との関係を保ってきました。やがて上京し、堀木との交友や女性たちとの関係のなかで、酒に頼る生活へと傾いていきます。ツネ子との心中では彼だけが生き残り、その後も安定した居場所をつかめないまま、自分への否定を深めていきます。
道化を演じる葉蔵は、人とのつながりを諦めていない
葉蔵にとって、ふざけることは切実な身の守り方です。相手が笑っている間は怒られず、嫌われずに済む。そのために、自分の本当の気持ちを後回しにしてしまいます。
たとえば幼い葉蔵は、父から欲しい土産を尋ねられて答えられず、父の機嫌を損ねたと感じます。そして夜中に父の手帳を開き、欲しくもない獅子舞のおもちゃを書き込みます。自分の希望を伝えるより、父が喜ぶ答えを選んだのです。この小さな場面に、葉蔵の生き方が凝縮されています。周囲には愛嬌のある子に見えても、本人は恐怖のなかにいる。うまく振る舞えるほど、苦しさが見えなくなる構造です。
本作の道化には、人を恐れながらも、人と関わりたいという矛盾が宿っています。葉蔵がただ孤独を好んでいるなら、これほど必死に相手を笑わせる必要はないはずです。
「世間」の正体に気づいても、自由にはなれない
堀木から世間を持ち出して戒められた葉蔵は、胸の内で「世間というのは、君じゃないか」と考えます。大きな社会の声に思えていたものが、目の前の一人の意見にすぎないのではないか。その気づきは鋭く、現代にも通じます。
ところが、葉蔵はそれを堀木に言い返せません。相手を怒らせるのが怖くて、結局また笑ってしまいます。何に縛られているのか理解することと、そこから抜け出すことの距離が、ここにはあります。
一方で、葉蔵の苦しさを理解することは、彼の行動をすべて許すことでもありません。女性に生活を支えられ、その衣類を酒代に換えてしまう姿には、身勝手さもあります。傷つきやすい人が、他人を傷つけることもある。その両面を見せるため、単純な同情では読み終えられません。
ヨシ子との暮らしが崩れ、葉蔵が下した判定
人を疑わないヨシ子との生活は、葉蔵に穏やかな時間をもたらします。しかし、彼女が商人から性暴力を受ける出来事によって、葉蔵は再び深い不信へと沈んでいきます。
この場面は、ヨシ子の裏切りとして読むべきではありません。被害を受けたのは彼女です。それでも手記では、葉蔵自身の恐怖と絶望が大きく語られます。彼に寄り添って読み進めるほど、その語りからこぼれるヨシ子の痛みにも目を向けたくなります。
その後、葉蔵はモルヒネへの依存を深め、精神科の病院に入院します。そこで自分は人間でなくなったと受け止め、「失格」という判定を自ら下します。これは葉蔵の自己認識であり、入院したことが人としての価値を失うという意味ではありません。
手記は、療養先で暮らす二十七歳の葉蔵の言葉で終わります。彼の死で幕を閉じるわけではなく、「あとがき」の時点では、その後の消息も明らかになりません。
「あとがき」が、葉蔵の自己評価を揺さぶる
本作で見逃せないのは、葉蔵が自分を裁き終えたあとにも、物語が続くことです。最後に登場する酒場のマダムは、彼を「神様みたいないい子でした」と振り返ります。
ここには、本人の見ていた自分と、他人の記憶に残った自分のずれがあります。ただし、マダムも手記を読んで厳しい言葉を口にしており、葉蔵を無条件に肯定しているとまでは言い切れません。
それでも、この最後の一言によって、葉蔵の自己否定だけを作品の結論にはできなくなります。彼が否定し続ける人生にも、誰かが親しみを感じた瞬間はあった。その可能性が、読後に残ります。
葉蔵は救われたのか、と問われれば簡単には答えられません。しかし、彼が自分を失格と呼んだからといって、読者まで同じ判定を下す必要はない。そこに、この結末の余白を感じます。
読みやすい文章と、読み流せない重さ
『人間失格』は、内面の告白が続く作品です。滑稽な言動や会話も挟まれるため、暗い話という印象だけで読むと、文章の表情の豊かさに気づかされます。笑える場面のすぐそばに不安があることが、葉蔵の孤独を際立たせています。
一方、自己否定が繰り返される語りや、女性への依存に反発を覚える読者もいるでしょう。出来事の爽快さや、問題が解決する結末を求める人には重く感じられる作品です。
葉蔵を好きになれなくても、読書が失敗になるわけではありません。共感と反発の間を行き来しながら、一人の語る人生をどこまで信じるのか考えることも、本作の読みどころです。
まとめ
|自分を裁く言葉だけで、人は決まらない
『人間失格』は、人に合わせることで自分を隠し続けた葉蔵の苦しさと、その生き方が周囲にもたらす傷を描いています。さらに「あとがき」が加わることで、彼の自己評価を読み直す余地が生まれます。
人との距離や、自分自身への厳しい見方を描いた小説に関心がある人にすすめたい一冊です。読み終えたら、最後のマダムの言葉を胸に、冒頭の写真と手記をもう一度読み返してみてください。
以上です、またね!
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